多くの方に愛された幸せな車両たち
1961年より導入された小湊鐵道の主力車両
小湊鐵道キハ200形気動車は、老朽化したそれまでの車両の置き換えのため、1961(昭和36)年から1977(昭和52)年まで16年に渡って14両が新造されました。
旧国鉄キハ20形に準じた設計ですが、デザインや塗装(ファイアーオレンジとモーンアイボリー)は京成電鉄の赤電3100形電車の影響を受けています。1963、64年の夏には、国鉄車両と併結してキハ100形では成しえなかった悲願の県都千葉乗り入れを実現させました。
車内はオールロングシートで、車体中央の排気管によって分かれています。製造当初は非冷房でしたが、現在では209、210を除いて冷房化されました。なお、トイレの設備はありません。
2021年より導入された小湊鐵道の新たな仲間
小湊鐵道キハ40形気動車は、2021年よりJR東日本より譲渡された車両です。
既存の主力車両であるキハ200形の部品が入手困難になっていく中で、新車の導入も検討されましたが、ハイブリッド車両の登場など、動力を取り巻く環境の先行きが不透明な状況においては、長期間使用する鉄道車両の新造は時期尚早と判断され、これまでの整備技術を活かせるキハ40形の導入となりました。
弊社の運用に合わせて、両運転台、カミンズエンジン換装、コイルばね台車、機関直結式冷房の搭載などの条件に合致した5両を導入、その中で外装の傷みが大きかった3両は再塗装が施され、4種類のカラーが活躍しています。
納入時はキハ40 2と同じ白地に濃淡のグリーンライン塗装でしたが、比較的外装の痛みが大きかったため、塗り分けを活かしつつ弊社オリジナルのカラーに改められました。座席が1列+2列になっているのが特徴です。
納入時の濃淡のグリーンライン塗装を踏襲し、弊社でもっとも早く営業運転を開始しました。キハ40 5を除く他の車両と同様、トイレの設備は使用不可となっています。
第2陣として納入されたうちの1両で、キハ40のオリジナルともいうべきたらこ色を纏っています。外装の痛みがあったため、同じ色で再塗装が行われ、後に乗降扉にタブレット保護柵が設置されました。
往年の特急車両にも通じる独特の塗り分けが弊社40シリーズに彩りを添える車両。この車両のみ屋根上の「つらら切り」が装着されていません。
導入された5両のうち、タラコ色だけが2両在籍、キハ40 3と同様再塗装が施され美しい姿で営業運転を始めました。JR時代にトイレ設備が撤去されたことにより、広々とした客室スペースが特徴です。
五井機関区では、かつて活躍したSLや車齢100年を超える貴重な車両を保存しています。SLにつきましては、事前にお申込みいただければ無料で見学ができます。キハ5800形は通常非公開ですが、イベントなどでご見学いただけます。
この2両は、1号、2号機関車で六輪連結十輪タンク機関車(C型タンク車)で、大正13年(1924年)に当社が翌年の開業に向けて、アメリカから輸入したものです。ボールドウイーン機関車会社が1924年に製造した57776号、57777号であり、昭和31年(1956年)まで活躍した機関車です。重量(空車状態)は約30.1トンです。
B104は四輪連結十輪タンク機関車(B型機関車)で、イギリスのベイヤーピーコック社が明治27年(1894年)に製造したものを、当時の日本鉄道が輸入し、宇都宮機関区、千葉機関区などで使用していました。昭和21年(1946年)に当社が当時の国鉄から払い下げを受け、昭和25年(1950年)まで使用していました。重量(空車状態)は約36.3トンです。
小湊鐵道キハ5800形式気動車は、昭和35(1960)年に日本国有鉄道から譲り受け、電車から気動車へ改造し、その後平成9(1997)年に廃車されるまで、旅客用車両として使われてきたものです。
小湊鐵道以前には、三信鉄道(飯田線の前身4社のうち、三河川合から天竜峡を運営)を経て、飯田線(愛知県豊橋市の豊橋駅と長野県辰野町辰野駅を結ぶ東海旅客鉄道の路線)で使われてきました。
もとは大正3(1914)年日本車輌で製造され、100年以上の車歴をもつ車両が現存していることは重要です。当時の車両としては、キハ5800の原形「ナニデ6465形式6465号電車」と同年に鉄道院新橋工場で製造された兄弟形式である「ナデ6110形式6141号電車」が鉄道博物館に所蔵されていますが、こちらは国の重要文化財に指定されています。
平成31年3月、気動車台帳、修繕表とともに市原市指定文化財に指定されました。